作品集「春の賦2006」 

        春の賦2006
 
    

  2006/03/23 八国山で、大森孟撮影:Nikon D70/micro nikkor  

        「春の武蔵野」
 (1) 所沢市松が丘 
    

 狭山丘陵の一角:盛りを過ぎる豊後梅の花

        「春の武蔵野」
 (2) 所沢市松が丘の道  
    

  いつになく遅いヒイラギナンテンも漸く花が!  

        「春の武蔵野」
 (3) 所沢市松が丘
    
 
    芽吹きの鮮やかさに!    

        春の武蔵野
 (4) 「野の花」:春の記録(1)
    
      春はやく、先駆けて咲く! 

        春の武蔵野
 (5)  「野の花」:春の記録(2)
    

    早春の雑木林の可憐なランの花!  

        春の武蔵野
 (6)  「野の花」:春の記録(3)
    

   春を彩るキケマンの花!  

        春の武蔵野
 (7)  住宅地の庭で(1) 
    

      もう、トサミズキの花はほうけている。

        晩秋の記録
 (8)  ショ−ト・エッセイ 

  彼岸を過ぎて、にわかに春らしくなってきた。暖房が無くても過ごせるよ  
 うになってきたし、草木の花も妍を競うがに咲き香る。森の中の木々も、柔
 らかな色合いの芽が、日ごとに大きくなっていく。
  庭隅にたたずんで聞くともなく聞いていると、シジュウカラがいい声で囀
 り、アオゲラが澄んだ声で鳴いている。「ぴう・ぴう」という声が「春よ、
 春よ」と呼びかけているように聞こえる。しかし、この年になれば、「そう
 だね」と相槌を打つには、少々抵抗がある。              
  己の一生の中で、忘れがたい思いのいくつかは、恥も伴いながら思い出さ
 れる。思い出せば、なにがしかの憂愁がつきまとう。いまさら思い出して何
 になると言う気がしないでもない。
  少年の日の忘れ得ぬ思いもある。青年の日の哀感を伴う記憶もある。しか
 し、それも人生の旅で出会った、一期一会の行き交いなのに違いない。中に
 は、忘れようにも忘れられない出会いもある。「では、お元気で!」といっ 
 て別かれたのが最後になった、鮮烈な記憶もある。
  花を見、野鳥を聞いていると淋しい思いに駆られる。
   「月日は百代の過客にして、行き交ふ年も又旅人なり。舟の上に生涯を
   うかべ、馬の口とらえて老をむかふる者は、日々旅にして旅を栖(すみ
   か)とす。古人も多く旅に死せるあり。」
 という、『奥の細道』の冒頭の一節が思うともなく思い浮かんでくる。
  (2006/03/27)

      

        春の武蔵野
 (9)  住宅地の庭で(2)
    

   茶の花が終わって半年、同じツバキ科のユキツバキが!  

        春の武蔵野
 (10)  住宅地の庭で(3)
    

モクレンの花は風に弱い!

        春の武蔵野
 (11) 住宅地の庭で(4)
    

  今日か咲く桜の花にのこる思ひあればひと日のはやく過ぎゆく  

        春の武蔵野
 (12) 住宅地の庭(5)  
    

     ヤマザクラの花を仰いで咲くか、サクラソウよ!  

        春の武蔵野
 (13) 住宅地の庭(6) 
    

  シュンランの花

        「春の武蔵野」
 (14) 住宅地の庭(7)  
    

  小さな小さなヤマネコノメの花はとりわけ早く二月末には咲き始める。  

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  2006/03/27 作品集「春の賦2006」