(8) ショ−ト・エッセイ
彼岸を過ぎて、にわかに春らしくなってきた。暖房が無くても過ごせるよ
うになってきたし、草木の花も妍を競うがに咲き香る。森の中の木々も、柔
らかな色合いの芽が、日ごとに大きくなっていく。
庭隅にたたずんで聞くともなく聞いていると、シジュウカラがいい声で囀
り、アオゲラが澄んだ声で鳴いている。「ぴう・ぴう」という声が「春よ、
春よ」と呼びかけているように聞こえる。しかし、この年になれば、「そう
だね」と相槌を打つには、少々抵抗がある。
己の一生の中で、忘れがたい思いのいくつかは、恥も伴いながら思い出さ
れる。思い出せば、なにがしかの憂愁がつきまとう。いまさら思い出して何
になると言う気がしないでもない。
少年の日の忘れ得ぬ思いもある。青年の日の哀感を伴う記憶もある。しか
し、それも人生の旅で出会った、一期一会の行き交いなのに違いない。中に
は、忘れようにも忘れられない出会いもある。「では、お元気で!」といっ
て別かれたのが最後になった、鮮烈な記憶もある。
花を見、野鳥を聞いていると淋しい思いに駆られる。
「月日は百代の過客にして、行き交ふ年も又旅人なり。舟の上に生涯を
うかべ、馬の口とらえて老をむかふる者は、日々旅にして旅を栖(すみ
か)とす。古人も多く旅に死せるあり。」
という、『奥の細道』の冒頭の一節が思うともなく思い浮かんでくる。
(2006/03/27)
|